(1998著)


「China Airlines 」(中華航空)
 初めての海外旅行は25歳の時の香港である。春休みにY恵ちゃんという友達と3泊4日で出かけた。それまで飛行機に乗ったことのなかった私にとっては「飛行機初体験」の旅でもあった。Y恵ちゃんは東京の大学に行っていて、地元との往復によく飛行機を利用していたので、飛行機には慣れている。わたしはほんとにどきどきしながら福岡空港にむかい、どきどきしながら飛行機の客室に足を踏み入れた。Y恵ちゃんは「のりちゃん、初めてじゃから」と窓際の席を勧めてくれた。
 飛行機が動き始めてすぐ、「救命胴衣の使い方」や「墜落するときはこのような姿勢になって下さい」という説明のビデオが流れていた。「縁起でもない」と思いながらも、これをちゃんと聞いておけば危険なことは起きないというジンクスみたいなものを心の中につくって、そのビデオの説明をまじめに聞いた。この旅はよくある「2名様から出発保証」というツアーで、福岡空港では係員が出国の手続きなどの案内をしてくれるが、飛行機に乗ってから香港に着くまでは2人きりという、初めての海外旅行としては何とも不安なツアーであった。Y恵ちゃんも飛行機に乗ったことはあっても、海外旅行はこのときが初めてだった。
 そして初めて乗った飛行機は、今ならあまり乗りたくない「China Airlines 」(中華航空)。当時はそんなに事故を起こしていなかったし、第一、わたしにいろいろな航空会社の知識が全くなかったから、「別にどんな航空会社の飛行機でも、とにかく香港に行ければいい」くらいの気持ちしかなかった。飛行機に乗った感想は「楽しい」という感情が大部分で、怖いという気持ちはほとんどなかった。地上から見ると厚い雲におおわれている空も、一気に上がってしまえば、すごくきれいな青空が広がっているのである。どこまでも続く青空と白い雲を飽きずに眺めていた。ただし、ギャレーから漂ってくる、さまざまな香辛料の混じったようなにおいは、何ともいえず、ずっと鼻をハンカチで押さえていた。中華航空は台湾の航空会社で福岡から台湾の台北空港でトランジットをして香港に行くというものであった。福岡空港で「台湾に着いたらどこどこの階段を上って、○番ゲートに移動して下さい」という指示を係りの人から聞いていたので、その場所を目指して、すたすた歩いた。途中の廊下で長机を出して、女性係員が何かに印を押していた。この係員、体調でも悪いのか半分伏せたような格好で印を押していたので「この人、態度悪いな」と思いながら、印を押してもらうような話は聞いていなかったので、わたしたちには関係ないことだと思い、通り過ぎたとたん、何やら中国語でめちゃくちゃに怒られた。というか、口調で怒られているんだと判断したのである。わたしたちは通り過ぎた数歩を引き返し、周りの人達がしてもらっていることを真似して、チケットに印を押してもらった。きっと、日本語で同じ様に怒られたら、「知らんかったんじゃから、仕方ないじゃろ!」と腹も立つだろうが、中国語で怒られたら「あ、なんか怒ってる」程度で、後には「あんとき、なんか知らんけど、えらい怒られたよね」と笑い話になるのである。香港から帰るとき、再び台北空港でトランジットした。香港〜台北間は日本人の乗務員はいなかったので、「間もなく、台北空港に到着します」というアナウンスを聞き逃してしまったのか、あるいは中国語や英語でもアナウンスがなかったのか知らないが、何だか急に窓の外の家や樹木、道路が大きく見えてきて、気の小さいわたしは「もしかして、墜落するんじゃない?」と不安になりシートをギュッとつかんだ。そのとき、Y恵ちゃんは食後の歯磨きをするためにトイレに行っていて、そばには居らず、よけい不安が積もった。やっとトイレからもどってきたY恵ちゃんが「青い顔して、どうしたん?」と一言。でも着陸態勢に入っていれば、もちろんトイレには立てないし、ベルトサインも出たはずなのだが、その辺のことは今となっては藪の中。もしかして結構危険な状態だったのではと思うとスリル満点である。
 「Air New Zealand」(ニュージーランド航空)
 2度目の旅行はニュージーランドで、飛行機は「Air New Zealand」(ニュージーランド航空)に乗った。出発の日、九州に台風が接近しているため福岡〜成田間の国内線飛行機が欠航の可能性があるということで、一か八かより、安全策をとって、新幹線で東京へ行き、電車を乗り継いで、成田へ向かった。途中、上野駅で成田空港の飛行機発着状況を示したモニターがあり、「Air New Zealand」のところに「TOMORROW」と書いてあった。一瞬「?」と思ったが大して気にもとめずに、その場を通り過ぎた。やっとの事で、成田空港に到着。何とか集合時刻に遅れずにいけそうだと思い、初めての成田空港にちょっと感動を覚えながら、大きな案内板を見上げた。そのとき、私の目に、「Air New Zealand」―「TOMORROW」の文字が入った。さっき、上野駅で気にも留めずにいたTOMORROWの文字が脳裏に蘇った。(なんか大げさな表現!)このときのメンバーはY恵ちゃん、N穂ちゃん、Mちゃん、わたしの4人であったが、一様に皆あきれていた。「やっとたどり着いて『TOMORROW』はないんじゃないの?」
 結局この日は、旅行会社の用意してくれた空港近くのホテルに一泊。翌朝は何と一番機のその前に出発ということで、午前4時に起床。このニュージーランド航空に乗る人だけしかいない、昨日の夕方とは打って変わって、がらんとした成田空港を体験することができた。ニュージーランドではクライストチャーチからオークランドまでニュージーランド航空の国内線に乗ったのだが、なぜか手荷物検査も金属探知器をくぐるのもなかった。「こんなんで大丈夫なん?」と不安になりながら搭乗した。飛行機はB737(B747より小型)だった。セスナ機に乗っているわけでもないのに、わたしはビビってしまって、出てきた機内食にはいっさい手をつけることができなかった。今でも、飛行機の話になると、Mちゃんが「そういえば、のりちゃん、機内食、よー食べんじゃったよね」と笑う。帰りの飛行機でも、ちょっとトラブル。まず、「Air New Zealand」に乗るはずが、いざ搭乗するときに目の前に現れた飛行機は、垂直尾翼に「Qantas the Australian Airline」(カンタス・オーストラリア航空)と「Japan Airlines」(日本航空)の両方のマークの入った、なんだか「まがい物」みたいな機体だった。しかも、乗った後になって、機体に異常があるとかで、1時間半もそのまま待たされた。太平洋上空ではひどい乱気流に巻き込まれ、大きな横揺れで、機内からは悲鳴があがり、陶器の食器がギャレーから飛び出して、「ガッシャーン」と大きな音を立てて割れた。           
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 旅行会社のツアーに参加すると、添乗員さんが飛行機の座席を決める。たいてい往路が中の「4列席」なら、復路は窓際の「3列席」になる。どうせなら眺めのいい窓際の席にいつも座りたいのだが、同じツアー料金を払っているのでそこは平等である。中の「4列席」に座ると、外の風景が見られないので、私はお行儀悪くたびたび立ち歩いて、最後尾のトイレそばにある非常用出口についている窓から、雲の上の眺めを満喫した。しかし、その窓は結構人気で、風景を見るのも順番である。中の4列席に座っている「観光客」にとっては、「窓の外が見たい」という思いを叶えてくれる唯一の場所なのである。
 ニュージーランドの旅では往路は中の「4列席」にY恵ちゃん、N穂ちゃん、Mちゃん、わたしが並んで座ったのだが、客室内の何カ所かにある壁(映画スクリーンのついた)が目の前にある席であった。座ってみると2番目、3番目の席よりも壁の前の方が足元もかなり広く、脚が伸ばせて楽だった。日本を発って1〜2時間はきちんと座っていたのだが、赤道を越える頃には、4人とも自分の脚を伸ばしきり、壁に足の裏をつけるようにして、座っていた。今考えるとなんとも行儀の悪い格好である。しかしエコノミークラスの、しかも風景も見えない席に11時間も座っていると、苦痛で仕方がない。水平飛行中は、立ち歩いたり、最後尾のちょっとしたスペースで伸びをしたり、座っているときの脚の行儀が悪かったりしても、誰かに迷惑をかけていなければ、大目に見て欲しい。
「Vergin Atlantic Airways」(ヴァージンアトランティック航空)
 3度目の旅行は、ついに憧れの「ヨーロッパ周遊」を実現。このツアーを選んでよかったのは、何よりも添乗員さんが素敵だったことである。旅の思い出がいいものになるか、悪いものになるかは、添乗員さんがどんな人かでかなり変わってくると思う。出発の前日に添乗員さんから挨拶の電話がかかってきた。たまたま出かけていたので、留守電にメッセージが入っていた。彼女の声はとても明るく爽やかで、その声を聞いただけで、明日からの旅が楽しいものになるという確信を得たような気がした。この旅には、Y恵ちゃん 、Mちゃん、わたしの3人で参加した。N穂ちゃんも誘ったが、都合がつかなくて、今回はパス。
今回は「Vergin Atlantic Airways」(ヴァージンアトランティック航空)を利用した。この航空会社は「エービーロード」という旅情報誌で、当時人気bPだったので、Mちゃんがぜひぜひ乗ってみたいと希望し、航空会社が初めから決まっている 「新日本トラベル」のツアーを選んだ。旅行会社の中には、パンフレットに「ヨーロッパ系航空会社」とだけ書いてあって、ツアー出発の曜日などによって航空会社が変わるものもあるので、ツアーを選んだ段階で航空会社が判っている「新日本トラベル」は私たちにとって好都合である。
 こうして、出発の日を迎えたのだが、出発の1週間前くらいに、ツアーパンフレットとは大きく違う点が1つできた。それはイギリスの航空会社であるヴァージンアトランティック航空に乗って、ロンドンへ行き、そこからトランジットでオーストリアのウィーンへ行く予定が、ウィーン行きの飛行機の席が確保できなかったということで、ロンドンで一泊することになったことである。ロンドンにはそんなに興味はなかったが、夕方に到着した後、夜の8時になっても明るいロンドンの街で、ロンドンタクシーに乗ったり、バッキンガム宮殿を外からみたり、ビッグベンの鐘の音を聞いたりという予定外の経験は楽しく、イギリスもなかなかいいなと思った。ただし、イギリスの食事はおいしくないらしい。
 飛行機の話に戻すが、このヴァージンアトランティック航空は「ヴァージングループ」という大きな企業の中の航空部門で、ほかに「ヴァージン メガストア」というCDなどを売っている店が広島などにもある。もっといろんな部門に進出しているのだろうが、その辺のことは詳しく知らない。ただ、このグループの会長リチャード・ブランソンという人は日本の乗用車のCM(NISSAN GLORIA)に出たり、熱気球で世界一周に挑んだりと話題に事欠かない人であることは知っている。そんな人が会長だから、航空部門でも他の航空会社とは違う特徴を出して、よりよいサービスをしようというアイディアを実現させることができているのだ。そしてそれがヴァージンアトランティック航空の人気の秘密になっているのだろう。
 他の航空会社とは違う特徴は、エコノミークラスでも全席にパーソナルビデオがついていること(今では他の航空会社でもやっているところがあるようだ)、アイマスク・ヘアコーム・歯ブラシ・靴下・ヘッドホンの入ったアメニティキットがもらえること、機内食で肉料理・魚料理・松華堂弁当から1つ選ぶことができることなどがある。M和ちゃんは特にこの松華堂弁当に興味を持ったらしく、早速、乗ってから最初の機内食は松華堂弁当を選んでいた。私も物珍しいので同じものにした。松華堂弁当は、竹の皮に包まれた山菜飯や和菓子までついた純和風の食事であった。きっと帰国便でこれを食べたら、「ああ、懐かしい日本の味」と感動していただろう。
 しかしパーソナルビデオについては、乗る前は「エコノミーなのにビデオがついてるなんてすごい」と思ったが、実際に席に着いてみると、普通の座席よりビデオの画面分だけ背もたれが高くなり、何だか圧迫感があった。ただでさえシートピッチ(シートとシートの間隔)が小さいのに、背もたれが高いと余計狭く感じる。しかも英語のほとんど分からない私にとっては、ビデオは何の役にも立たなかった。ただし、この旅行は数年前のことで、今は成田出発のこの航空会社の機種は変わったので(B747-200からエアバスA340へ)、きっともっと快適になっていると思う。また、ヴァージンアトランティック航空はセキュリティチェックも厳しく、一通りのチェックのあと、機内に乗り込むときに飛行機の入り口で、もう一度パスポートのチェックをされる。
 飛行機の中では長い時間をどんな風に過ごすかも悩みの種である。先ほど書いたようにじっと座っていることにだんだん我慢できなくなって、お行儀悪くなっていく自分がいやになる。ロンドンまでの12時間、空港の売店で買ったクロスワードパズル(漢字ナンクロがいちばん好き)の月刊誌をやったり、Y恵ちゃんが持ってきていた「ゲームボーイ」でテトリスをやったりして時間を潰す。恥ずかしながらそれまでこういうゲームをやったことがなかった私は、テトリスにはまってしまい当分Y恵ちゃんのゲームボーイを独り占めしていた。ヨーロッパへの往路も中の4列席だったので、立ち歩いて後ろの窓から外を眺めることもしばしば。一度なんか、席に着いていなかったので機内食がもらえなかった。だが、狭い場所で、ほとんど体も動かさないでいる身にとっては「ブロイラー状態」で食べ物を与えられても、欲しくないのが実状なのだ。だから、ちょうどよかったという感じである。(ちょっと負け惜しみが入ってる。そういえば映画の後のアイスクリームもまわってこなかったゾー。)
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 日本から遠く離れている国へ行くときは、「時差ボケ」が気がかりであるが、不思議と3人とも「時差ボケ」にならなかった。時差ボケにならないためには往路の飛行機の中で眠ってしまわないことである。眠ってしまうと、飛行機を降り、ホテルで「明日に備えてさあ寝よう」と思っても、目は冴えるばかりだ。往路の飛行機での過ごし方は、その後の旅程にかなり影響を与えてしまう。
 飛行機での時間潰しは退屈ではあるが、いろんな場面があって楽しいこともある。まず、やはり風景を見ること。ヨーロッパ上空で目的地の空港に近づいてきて、少しずつ下降していくとき、眼下の街並みや川、森がだんだん大きくなっていくところが好きだ。面白い形の島があると「あの島、なんて言う名前だろう」と考える。日本に帰って地図を見て、自分が遙か上空から見たのと同じ形の島を探すのは楽しい。自分の目で見た島の形と地図に載っている島の形が同じなのは当たり前のことではあるが、それでも「あ〜私が見たのと同じ形の島がある」と地図を見て嬉しくなる。今回の旅で、「あの島、なんて言う名前だろう」といちばん気になったのは、スカンディナビア半島スウェーデンの東、バルト海に浮かぶ「エーランド島(Oland島)」である。「えらく細長い島だな」ととても印象的で、島の周囲に漁港のような風景が広がっているのがよく見えた。

 12時間くらいの短い滞在の後、ロンドンからオーストリアのウィーンへ向けて飛んだ。今度は「オーストリア航空」である。「オーストリア」と言うだけあって、機内に乗り込むと、クラシック音楽が流れていた。この飛行機はマクドネルダグラスのMD機で胴体後方の左右にエンジンがついている。また、垂直尾翼の上に水平尾翼がついている(この説明で正しいかどうか?)という形である。日本国内でも日本エアシステムなどが比較的近距離の都市を結ぶ飛行機に使っている。通路を挟んで、横1列で5席という、このこの飛行機も、わたしに言わせれば「ちっさい飛行機」なのだが、乗らないわけにはいかないので、何気ない風を装って乗った。が、乗り心地はまあまあでドキッとするようなことも起きずにすんだ。
 朝、わりと早い時間だったので、機内食は朝食であった。クロワッサンにハムとレタスがおてんこ盛りのサンドイッチやオレンジジュース、コーヒーなどがサービスされた。
 ちょうど主翼の見えるところに乗ったのだが、翼の上に何だか不思議なものが取り付けてあった。翼の付け根に近いところに、「ICE」の文字のついたラベルと、紐の先にガムのようなもを丸めて留め、紐の先がひらひらしている状態の代物だ。これが間隔をあけて幾つか付けてある。これは何のためなのか考えてみたが、推測すらできなかった。誰か飛行機関係について詳しい人、教えてください。
 こんな風にいろんな航空会社のいろんな機種に乗って、長所や短所を見つけるのは楽しい。小さめの飛行機にもだんだん慣れ、都市間の移動の時に日本には乗り入れてない航空会社の飛行機にドキドキしながら乗るのもいいものだと、少しは思えるようになった。
さあ、次回の旅はいつかな?十年パスポートが無駄にならないように、またどこかへ旅をして、新しい発見をしたい。